[ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔]
The Lord Of The Rings:The Two Towers

2003年2月22日より丸の内ピカデリー1他・全国松竹東急系にて公開

監督・脚本:ピーター・ジャクソン/原作:J.R.R.トールキン『指輪物語』(評論社)/出演:イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、リブ・タイラー、ヴィゴ・モーテンセン、ショーン・アスティン、ケイト・ブランシェットほか
(2002年/アメリカ/2時間59分/配給:日本ヘラルド映画=松竹)

∵公式サイト

【STORY】
死闘の果て、灰色のガンダルフ(イアン・マッケラン)と太古の魔獣バルログが、モリアの洞窟の橋からさらなる奈落へと墜ちてゆく。その直前、「行け、ばか者」と不敵に笑んで、目の前から消えるガンダルフに、ホビットのフロド(イライジャ・ウッド)は悲痛に叫ぶ! 老魔法使いと魔獣は絡み合いながら闘い続け、深く深く墜ちて、冥王サウロンすら知らない地の底へと…‥そこでハッと目を醒ますフロド。自分が旅の途中であることに気づく。「全てを統べるひとつの指輪」を、敵地モルドールの火山口ヘ投げ込むための旅は、まだ途中なのだ。なのに。妖精族の拠点、裂け谷で結成された旅の仲間は散り散りになってしまった。ガンダルフは地の底に消え、人間族のボロミア(ショーン・ビーン)は葛藤の末にフロド達を庇って死んだ。そしてホビットの仲間、ピピン(ビリー・ボイド)とメリー(ドミニク・モナハン)は敵に攫われ、それをアラゴルン(ヴィゴ・モーテンセン)、エルフ族のレゴラス(オーランド・ブルーム)、ドワーフ族のギムリ(ジョン・リス=デイヴィス)の3人が追っていった。その事も知らず、フロドはサムと二人きりで、当初の目的地へと淋しい行軍を続けるのだった。途中、彼らを尾けていたゴラム(アンディ・サーキス)を捕らえた二人。同じ指輪の魔力にとらわれた者として、この卑屈な元「指輪保持者」を信用して、道案内をさせるフロドに、サムは奇妙な嫉妬心を抱く…‥。一方、アラゴルン達は、長い追跡の果てに、敵軍が全滅した跡に辿り着く。ローハンを追放された軍団長エオメル(カール・アーバン)達が退治したらしい。彼によれば、かの国の王セオデン(バーナード・ヒル)は宰相の「蛇の舌」グリマ(ブラッド・ドゥーリフ)に操られ、敵となったサルマン(クリストファー・リー)の軍団の侵略も信じず、息子の戦死をエオメルらのせいにしたのだという。国を見限って去るエオメル達を見送り、どさくさに逃げたらしいメリーとピピンを探して、人を拒むファンゴルンの森ヘと踏み入ったアラゴルン達は、そこで白い光に包まれた意外な人物に出会うのだった。

喜びの再会の後、アラゴルン一行は、セオデン王を毒す陰謀を取り除き、サルマン軍の侵略に備えてヘルム峡谷の角笛城に籠城するローハンの民と共に、勝ち目の少ない戦争に挑む事になる。一方、フロド達はモルドールに集結する東方や南方からの軍団を目撃、それを偵察に来ていたボロミアの弟、ファラミア(デヴィッド・ウェンハム)に捕縛されてしまう。彼らの国ゴンドールもサウロンの侵略に対抗するため、フロドの持つ指輪の力を利用しようと考えていたのだ。そしてメリーとピピンは古代から生き続ける森の主エント達に、この世界の窮状を訴える。白の魔法使いサルマンの若き日を知る「木の鬚」は、長い会合の末、呑気にそれを退けるのだが、ピピンの機転でオルサンクに向かい、サルマンの所業を目撃することになり大激怒する。こうして3つの場所――角笛城、オルサンク、ゴンドールで、「二つの塔」によって結びつくサルマン=サウロン軍団との死闘が開始されることになる…‥。

【REVIEW】
うううぐったり。濃密な3時間であった。観終わってすぐにはよかったのかよくなかったのかもよくわからん、そのくらいヘトヘトになる「濃さ」を持った、大河ファンタジー三部作の第2部の登場である。第1部『ロード・オブ・ザ・リング(旅の仲間)』で鮮烈な感動を与えてくれた「雄大な自然風景」にも慣れ、「旅の仲間」キャラのルックスも頭に入った所で、いよいよ中つ国全土を揺るがす事になる「指輪戦争」の開幕が告げられる。折しも対テロ戦からいつの間にか大惨事もとい第三次世界大戦への布石とも取れる事態にまで拡張した、「自由と正義」の<帝国>アメリカ複合体VSまつろわぬ異教徒にして「悪の独裁者の国」らしきイラク(&反米アラブ諸国&北朝鮮?)の、ひとまずは「石油利権(安定)戦争」が、起こりつつある時期での公開だ。籠城した城での激しい攻防戦をクライマックスとした本作も、ただスカッとするアクション活劇大戦闘シーン満載!というワケにもいかず、妙にリアルに悩み傷つきながらの活躍が描かれているため(もちろん原作が第二次世界大戦の後に、その衝撃を踏まえて書かれていることからもくるのだが)、物語的カタルシスを発揮することより「善く生きるための苦行じみた求道的決断の持続」を啓蒙する神話にならざるを得ないのだ。だからズシリと腹に応えるし、しかし煮え切らない心理描写に短絡的な人は嫌気がさすかもって「暗さ重さ」も孕んでしまうことになる。まるで憔悴していくフロドが乗り移るかのように…‥。ただし、これこそがJ・R・R・トールキンの『指輪物語』のエッセンスであることも確かなのだ。ハイ・ファンタジーが決して現実逃避のアイテムではなく、かつてベトナム戦争に反対する若者の間で熱狂的に支持された実績を持つ作品でもあり、その作品の「現在時」での映画化である故に、ピージャクことピーター・ジャクソン監督に課せられた使命は重大で、だがその重圧をも乗り越える意志(安易なダイジェストや娯楽性重視の改変などに逃げない意志)をしっかり感じさせるものとして、本作を支持する事は「正しい」、と僕は個人的に強く思うのだった。さあて1年後の完結編が楽しみだ。あ、『マトリックス』や『スター・ウォーズ』(や『ハリー・ポッター』)に連なる、劇場を詣でることに意味がある「イベント映画」としても、まだまだ盛り上がりたい作品である。

さて。新キャラのキャストなどについて触れておこう。バーナード・ヒル(『タイタニック』『スコーピオン・キング』など)演じるセオデン王の娘、エオウィン姫として登場したミランダ・オットー『ヒューマン・ネイチュア』でフランスかぶれ娘を熱演してた人(他に『ラブ・セレナーデ』『女と女と井戸の中』『シン・レッド・ライン』『ホワット・ライズ・ビニーズ』)。今回はまんまるお目メが目立つ勝ち気なお姫様にして、アラゴルンに片思い(リブ・タイラーと三角関係?)ってな役柄だが、まだ本領発揮まではいかず、活躍は完結編に持ち越しかな。また追放され放浪するローハンの騎士を率いるエオメル役を『ミルクのお値段』『ゴーストシップ』のカール・アーバンが、ボロミアの弟ファラミアを『ダークシティ』『ムーラン・ルージュ』 『ダスト』のデヴィッド・ウェンハムが好演、この2人も次作での活躍に期待。今回の名悪役にして、エオウィン姫に惚れてるのに不器用に脅迫しかできないって可哀想な宰相グリマ役はブラッド・ドゥーリフ(『カッコーの巣の上で』『ナイトウォッチ』『エイリアン4』など)、短い出番ながら巧みに肉付けされていた。で、なんといっても今回、人物(?)描写に最も時間を割かれているゴラム、その卑屈ぶりやら二重人格な独り言の独演会などをアンディ・サーキス(『Topsy Turvy』『マイ・スウィート・セフィールド』など。あ、『24アワー・パーティ・ピープル』では偏屈スタジオ・エンジニア、マーティン・ハネット役してる!)の熱演+最新CGテクで魅せるこだわりには好感触、というか不気味感触(笑)大でよし。そういやショーン・アスティン(『グーニーズ』『ローズ家の戦争』『トイ・ソルジャー』『原始のマン』『運命の絆』『戦火の勇気』『ブルワース』など)演じるサムが、妙に「優しい小デブ体型」のゲイっぽく見えるのも、原作読んだ時には気づかなかった発見か(笑)。

余談。前作のレヴューで「バルログはギリシャ神話におけるテュポン(ギガントマキア=神々の最終戦争における最後の無敵の怪物)に相当すると思うんだけど、映画では炎の角があるミノタウロスに見えてしまった(目の錯覚?)のでちょい驚いた。ヨーロッパの古代信仰の根に、天体信仰と並行して『牛』信仰があるので、この原作にない解釈もちょっと凄いかもしれない(見間違いだったらゴメン)。」なんて書いたが、見間違いじゃなかった。開巻いきなり黒光りする角を持つバルログが(個人的見え方比では前作より鮮明になって)大暴れ、「ああやっぱりミノタウロスだ」とか思って、始まりから嬉しくなっちゃったり。今回の映画化で出版された『ファンタジー画集「指輪物語」の世界』(原書房)で、そのバルログ・デザインが「指輪」イラストの大家ジョン・ハウによるものともわかったのも嬉しい。ただし、原作にあった「ドワーフ族も伝説としてしか知らない螺旋の『無限階段』」を延々と登るってな描写が無いので、奈落の底にいたはずのバル&ガン爺が、いきなり雪山の頂きに現れるのにはちょっと「んん?」ってなったけどさ。他にも様々なクリーチャー(怪獣ね)造型に個人的に燃えたりしたんだけど、略。あ、「字幕問題」提起が実行力を伴って勃発したことも、この映画の手柄なのだが、詳細は略(詳しくはプレミア03-4月号など参照)。そういやなにより、2時間58分の前作に続いて2時間59分=この三時間ただ暗闇の中でスクリーンを見つめ続けるっていう体験の「この現代」における「奇妙さ」についても気になったんだけど、他の長尺映画と比べつつ語り出すと長くなるので略。それにしても前作のDVD「スペシャル・エクステンデッド・エディション」は3時間半あって、しかも特典映像は6時間! 吹き替え版や解説音声まで全部観てたら丸一日じゃ足りないかもってのも凄い。近い将来、「全部観た人しか作品を語る資格が無い」なんて風潮がでてきたら、ヤだなぁ。ああ、まだ何か書き忘れてるのだが、ま、いいや。

Text:梶浦秀麿


Copyright © 2003 UNZIP